イヴ・サンローランのパートナー、ピエール・ベルジェが86歳で死去

 イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のパートナーだった実業家、ピエール・ベルジェ(Pierre Bergé)が、9月8日、86歳で亡くなった。

Pierre Bergé - AFP

 「ピエール・ベルジェがいなければ、作り出す必要があった。彼はアーティストにビジネスをもたらしてくれる。それがユニークなところなんだ」。イヴ・サンローランは、1962年1月29日に行った初のショーのプレゼンテーションでこう語っている。
 
 本名はピエール・ヴィタル・ジョルジュ・ベルジェ(Pierre Vital Georges Bergé)。1930年11月14日にフランス西部のシャラント=マリティム県生まれ、イヴ・サンローランを50年間支え続けた。サンローランの保護者であり、ビジネスの柱であったベルジェは、2008年6月1日にデザイナーが死去してからも、彼のクリエーションを通じてパートナーの記憶に寄り添ってきた。
 
 「今でも覚えているよ。私たちの道が交わり、一つになる他ないと決めた――これは決めた、といって良いのかな?――あの日のことをね」と語ったのは、サンローラン埋葬の日ことだ。二人は1958年2月、仏『ハーパース バザー(Harper’s Bazaar)』紙の代表だったマリー・ルイーズ・ブスケ(Marie Louise Bousquet)主催のディナーに招かれたことで出会った。当時、ピエール・ベルジェは画家のベルナール・ビュフェ(Bernard Buffet)のパートナーで、彼のキャリアを管理していた。
 
 ほどなくして、ベルジェはイヴ・サンローランのビジネスも管理するようになり、当時「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のデザイナーとして頭角を表し始めていたサンローランを後押しした。「思い出すよ。ヴァル・ド・グラースの病院のベッドで、君はもうオートクチュールメゾンに雇われているトップデザイナーじゃないんだ、と伝えたことをね。君は、『だったら、そのオートクチュールメゾンを僕らでつくろう。君が経営すればいい』と言ったんだ」とサンローランの葬儀の場で語ったピエール・ベルジェ。この話は、2010年にガリマール社から出版された『イヴ・サンローランへの手紙(Lettres à Yves)』にも収録されている。
 
 その後1962年に、二人はメゾン「イヴ・サンローラン」を設立した。以来ランウェイでも私生活でも決して離れることはなく、クリエーションとビジネス、互いの役割を尊敬し合っていた。サンローランがなくなる数ヵ月前、二人はフランスの準結婚制度である「パックス(PACS:連帯市民協約)」を結んでいる。「イヴ・サンローラン」はフランスのラグジュアリーファッションを代表する存在に成長し、数々の経済的問題やサンローランの健康問題などを乗り越えてきた。サンローラン自身は、2002年1月22日、40年の集大成となるオートクチュールコレクションを発表したのを最後に引退した。
 
 芸術にも造詣が深かった二人は、多くの作品をコレクションしていた。2009年にはオークションでグラン・パレ国立ギャラリーに売却されたが、その額は3億7500万ユーロ近くにも上り、「世紀の売却」だとメディアを騒がせた。
 
 しかし、ピエール・ベルジェのファッションとのかかわりは、何もイヴ・サンローランだけではない。「モード・エ・クレアシオン(Mode et Création)」グループを設立し、パリ・クチュール連盟(Chambre Syndicale de la Mode)に所属するプレタポルテ(既製服)デザイナーを代表する組織を作り上げた。ベルジェは1974年、連盟の代表にも就任している。また、1986年にはファッション・テキスタイル業界の教育機関としてフランス・モード研究所(Institut Français de la Mode)を創設した。
 
 しかし、彼の出発点は文学だった。18歳の時パリにやって来たピエール・ベルジェは、書店を開き自分で出版した本を売っていた。コクトーやアラゴン、カミュ、サルトルに憧れ、記者や作家になることを夢見た。
 
 4冊の著書を出版しているが、そのうち『イヴ・サンローランへの手紙』と『Yves Saint Laurent : une passion marocaine(イヴ・サンローラン:モロッコの情熱)』の2冊はパートナーに関して記したものだ。ジャーナリズムにも関わり、1990年には「クーリエ・アンテルナショナル(Courrier International)」に、そして1995年にはゲイ雑誌「テチュ(Têtu)」に出資したほか、2010年にルモンド(Le Monde)グループの主要株主にもなっている。
 
 社会活動にも熱心で、政治的な立場を公言することを憚らなかった。フランソワ・ミッテラン、ジャック・シラク、セゴレーヌ・ロワイヤル、そして現大統領のエマニュエル・マクロンまで、大統領選のたびに候補者を支持している。同性愛者に対する偏見や、エイズの問題にも取り組み、様々な組織を運営した。
 
 芸術文化振興の面での功績も称えられ、2001年にはGrand Mécène des Arts e de la Culture(偉大な芸術文化支援者)にも選ばれている。ピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団(Fondation Pierre Bergé-Yves Saint Laurent)を通じて、様々な展覧会やイベントを行ってきた。
 
 今年5月に造園家のアメリカ人マディソン・コックス(Madison Cox)と結婚したベルジェは、86歳になっても文化活動に力を入れ続けていた。10月には、パリ16区とマラケシュに美術館がオープンする予定だ。
 

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