×
562
求人
keyboard_arrow_left
keyboard_arrow_right

パリFW:カトリーヌ・ディオールの秘密の花園

掲載日
today 2019/09/25
シェアする
ダウンロード
記事をダウンロードする
印刷
印刷
テキストサイズ
aA+ aA-

 クリスチャン・ディオール(Christian Dior)のたった一人の妹、カトリーヌ・ディオール(Chatherine Dior)は、庭師であり、偉大なエレガンスの持ち主であり、そしてレジスタンスの一員でもあった。「ディオール」が発表した2020年春夏コレクションは、彼女にインスパイアされたものだった。

Dior - Spring/ Summer 2020 - Paris - Photo: Dior


 キーとなるテーマは「庭園」で、ムッシュ・ディオール自身も独学で花のラテン語名を覚えては幼少の頃からスケッチをしていたという。フランス・ノルマンディー地方のグランヴィルには、妹と共に特別な庭を造った。世界恐慌で一家が大金を失って邸宅を売り払い、プロヴァンスのカリアンの小さな家に移り住んだ際も、カトリーヌはバラ園を作り上げている。1949年に発表されたフローラルドレスには「ミス ディオール(Miss Dior)」と彼女の名前が冠され、これは後にメゾンで最大の知名度を誇るフレグランスになっている。その後、クリスチャン・ディオールはラ コル ノワール(La Colle Noire)城を購入し、近くに別の庭を造った。
 
 今回マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)はサステナブルな方法で「庭」にオマージュを捧げた。パレルモのアートイベント「Manifesta 12」で知ったというアーバニストのColocoとコラボレーションし、164本もの木を設置。袋に入ったままの木々は、ショーの後にパリ郊外の都市計画の一環として植えられるという。

 ムッシュ・ディオールと同じく、英国調の庭園が好きだというマリア・グラツィア。ウェスト下からフレアしたハウンドトゥースドレスにストライプのクリケット風ジャケットを合わせたルックにもそれが表れていた。

Dior - Spring/ Summer 2020 - Paris - Photo: Dior


  キーとなるテーマは「庭園」で、ムッシュ・ディオール自身も独学で花のラテン語名を覚えては幼少の頃からスケッチをしていたという。フランス・ノルマンディー地方のグランヴィルには、妹と共に特別な庭を造った。世界恐慌で一家が大金を失って邸宅を売り払い、プロヴァンスのカリアンの小さな家に移り住んだ際も、カトリーヌはバラ園を作り上げている。1949年に発表されたフローラルドレスには「ミス ディオール(Miss Dior)」と彼女の名前が冠され、これは後にメゾンで最大の知名度を誇るフレグランスになっている。その後、クリスチャン・ディオールはラ コル ノワール(La Colle Noire)城を購入し、近くに別の庭を造った。
 
 今回マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)はサステナブルな方法で「庭」にオマージュを捧げた。パレルモのアートイベント「Manifesta 12」で知ったというアーバニストのColocoとコラボレーションし、164本もの木を設置。袋に入ったままの木々は、ショーの後にパリ郊外の都市計画の一環として植えられるという。
 
 ムッシュ・ディオールと同じく、英国調の庭園が好きだというマリア・グラツィア。ウェスト下からフレアしたハウンドトゥースドレスにストライプのクリケット風ジャケットを合わせたルックにもそれが表れていた。

Dior - Spring/ Summer 2020 - Paris - Photo: Dior


 ヴィタ・サックヴィル=ウェストからヨーゼフ・ボイス、ゲルハルト・リヒターに至るまで、キウリらしく今回もヨーロッパ各地の文化からインスピレーションを得ている。アイディアの多様さが仇となり中だるみした感も否めず、メッシュの繰り返しは少し過剰だったかもしれない。しかし、それでもこのコレクションは確固としたファッションのステートメントとして成り立っていたし、メゾンは正しい道を歩んでいると言えるだろう。
 
 「クリスチャン・ディオールのエレガンスとカトリーヌのアティチュードを表現したの」とマリア・グラツィア・キウリ。第二次世界大戦中、カトリーヌはレジスタンスに参加し、収容されたこともある。奇跡的に生き延びた彼女はパリで兄と再会し、その後フラワービジネスで成功したフランス初の女性となった。
 
 「ムッシュもきっとこのショーを喜んでくれるはず。カトリーヌにはとてもインスパイアされていたのよ。彼はメゾンの顧客を『ミス ディオール』と呼んだけれど、そのスタイルの中に彼女の影響が見られるわ。タロットにも取りつかれていたけれど、それは妹を心配していたからでもあるの。きっとカトリーヌはとても勇敢な女性だったと思う。一生独身だったけれど、自分でビジネスを営んでいた。50年代には珍しいことだったわ」とマリア・グラツィアは語る。
 
 

不許複製・禁無断転載
© 2019 FashionNetwork.com