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ピーター・リンドバーグが死去

掲載日
today 2019/09/04
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 ファッションフォトグラファー、ピーター・リンドバーグ(Peter Lindbergh)が74歳で亡くなった。スターやモデルを撮影したモノクロ写真で有名だった。

Peter Lindbergh in 2016 in Los Angeles - FRAZER HARRISON / AFP


 ドイツ国籍のリンドバーグは、1944年にポーランドのレシュノで生まれた。「ヴォーグ(Vogue)」、「ヴァニティ・フェア(Vanity Fair)」、「ハーパーズ バザー(Harper's Bazaar)」、「ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)」をはじめ様々なファッション誌で活躍したほか、有名メゾンの広告写真も手掛けてきた。有名な「ピレリ(Pirelli)」カレンダーも同氏によるもので、ファッション業界にアイコニックな写真を数多く残した。
 
 他界を発表した声明では、「ファッション写真のパイオニア的な存在で、あらゆる年齢の女性を美しく見せることで美の基準や現代におけるファッション写真のあり方を再定義した」と述べられているが、亡くなった場所や状況についての具体的な説明はなされていない。

 SNSも積極的に利用してきた同氏は、サセックス公爵夫人が編集長を務めた英「ヴォーグ」9月号にも関わったばかりだ。サルマ・ハエックや、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、若き環境活動家グレタ・トゥーンベリなどを撮り下ろしている。
 
 90年代には、インダストリアルな背景に映った白黒のポートレイトがトレードマークとなり、ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)、シンディ・クロフォード(Cindy Crawford)、クラウディア・シファー(Claudia Schiffer)、ケイト・モス(Kate Moss)などを撮影し、スーパーモデルブームに一役買った。
 
 ピーター・リンドバーグの一家は、彼が幼いころにポーランドからドイツ西部のドゥイスブルクに移り住んだ。ベルリン美術アカデミーで学び、「シュテルン(Stern)」誌のフォトグラファーとして仕事を始める。当時はヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)やギイ・ブルダン(Guy Bourdin)といった著名写真家も同誌の写真を撮っていた。その後リンドバーグは70年代にパリに移る。

 

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